GWRC対JSKS 定期戦《表彰楯》の謎

GWRC対JSKS 定期戦《表彰楯》の謎 

JSKS 1969年卒 門田庄之助

懐かしい楯が出てきたものです。今から53年も前に見た表彰楯。学生時代から楯のデザインが気がかりでした。記憶では杖に巻きつく蛇でした。しかし今見るとはっきり判るのはGWとJSKSの文字、ラグビーボールとゴールポスト。それ以外目を惹くのは蛇ではなく疾走する人影らしいもの、二つ。それと馬蹄の形をした楯の外形。ほかには文字や情報がない。表彰楯なら年号日付や場所が印されているはずなのにこれは素っ気なさすぎると思ったのが私のこのなぞ解明の旅の端緒であります。

まず図書館に行きました。二人の人影のナゾをどういう方法で調べたらいいか司書に相談しました。彼女は楯の写真を見て即パソコンに入力、モニター画面を覗くと開口一番、「GWかJSKS に訊いてみたらいかが。」と。(誰も判んないから調べているのだ。)「でもこの馬蹄形はなぜでしょうね。」とも。この一言が後で大きな解明のヒントになるのであります。この疾走する人影のパターンは文字ではないかという私の考えを言うとすぐさま、書道三体字典、崩し字字典を薦められました。隷書か草書かはたまた行書かとあたりをつけて厚くて重い5冊の蔵書を閲覧室の机に広げました。一画の漢字から探していくとなんと似た崩し字があるではありませんか。四画、十干の一つ「壬」を探し当てました。じん・みずのえ。これは左側の人型。では右の人型は一体何か。「壬(みずのえ)」と対を成すものではないか。思いつくのが十二支。これは12文字調べればいいのですぐ発見。「午(うま)」であります。しかし「崩し字」しかもデフォルメなので思い込みでどうとも取れる。第3者の公正な判断が必要であります。

そこで次に向かったのは町の書道教室。書道家の見解を知りたかった。青山や高津の5軒以上を訪れたが殆んど回答は得られなかった。これは文字ではない、こういう文字は梵字にも和字国字にもない。筆順、運筆が不明。など楯の写真を見せただけで自分の専門外で興味も関心もない、責任を持ちたくないという態度が満々でありました。そんな中で左は「壬」にほぼ間違いない、「壬」といっていいという見解をくれた書家がおられた。教室の奥から数冊の蔵書を持ち出されて、解説をしてくれました。ただし「午」についてはイエスとはいわなかった。ここで図書館司書が言っていた「なぜ馬蹄形なの」を思い起こすのであります。馬蹄形すなわち馬=午年であります。この種の推理はこうに違いないとは断定はせず、こうだとするとどう矛盾が起きるか、起きないかで進めるしかないのであります。

ここは干支の「壬午(みずのえうま)」で話を進めます。壬午とすると西暦1942年、和年では昭和17年になります。楯に必要な要素「年号日付」が確定できます。さてその年GW・JS 定期戦になにがあったのか。KCRFの創成の時期、MRCの初参戦があった年であります。KCRFの優勝楯とは別に差別化を図るためGWとJSはこの表彰楯を作ったのではないか。その年号を疾走する二人に秘めたのです。なぜ隠す(ぼかす)必要があったのかはまた謎です。それとも当時の人は壬午など簡単に読めたのでしょうか。

今回の調査でやり残したことの一つはこの楯を製作した徽章・カップ店への聞き込みです。戦前から開店営業している店舗は東京では4、5軒位なので現物を持ち込んだら、作者がわかり製作意図が知れるかも。これが名のある作家の作品でお宝ものだったとしたら・・・など妄想は膨らみます。

2016年10月

 

「書道三体字典」高塚竹堂著 のばら社(第6版増訂版)の「壬」と「午」の字体を下に示します。

表彰楯の人影と似ているかは見る人のご判断次第です。

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>>物語の経緯「盾の歴史」はこちら

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