1940~1950年代

1929年創部の慶應JSKS、翌1930年創部の早稲田GW。その戦いは1930年代から始まる。1940~1950年代と言えば激動の時代。1943年には学徒出陣が始まり、その後二年間は両チームとも活動の休止を余儀なくされた。写真は、1941年と1946年のGW/JSKS戦終了後の集合写真。戦時下および終戦直後という食の確保もままならない中、ラグビーに青春を捧げたOB達の情熱、そして両チームの対抗心と相手への敬意こそが、現在にも続く切磋琢磨し続ける両者の礎を築いたと言える。戦地へ向かい直前に行なわれた夏合宿の終了後、東西に分かれて帰省する仲間同士が「くたばってしまえ」と悲しい悪態をついたというJSKSの逸話。その後、両チームは、戦後の復興と同期するように着実に成長を遂げることになる。

戦争が終わり、混乱のうちに迎えた21年秋、復員し学窓に戻っていたメンバーを中心に、再建は一歩一歩進んでいた。ジャージは焼け残りを集め、ボールは古道具屋を探して、戦後最初の練習を開始。その年の暮れ、GWとの復活懇親ゲームが行われ、現役/OB混合チームであったが、結果はJSKSの0対64の大敗だった。現役チームが単独で復活したのは23年春である。その年卒業したあるOBは、「JSの歴史はつなげた。」と思ったとある。こうして戦後の再建も軌道に乗り、興隆期へとバトンは受け継がれた。

1929年創部の慶應JSKS、翌1930年創部の早稲田GW。その戦いは1930年代から始まる。1940~1950年代と言えば激動の時代。1943年には学徒出陣が始まり、その後二年間は両チームとも活動の休止を余儀なくされた。写真は、1941年と1946年のGW/JSKS戦終了後の集合写真。戦時下および終戦直後という食の確保もままならない中、ラグビーに青春を捧げたOB達の情熱、そして両チームの対抗心と相手への敬意こそが、現在にも続く切磋琢磨し続ける両者の礎を築いたと言える。戦地へ向かい直前に行なわれた夏合宿の終了後、東西に分かれて帰省する仲間同士が「くたばってしまえ」と悲しい悪態をついたというJSKSの逸話。その後、両チームは、戦後の復興と同期するように着実に成長を遂げることになる。

戦争が終わり、混乱のうちに迎えた21年秋、復員し学窓に戻っていたメンバーを中心に、再建は一歩一歩進んでいた。ジャージは焼け残りを集め、ボールは古道具屋を探して、戦後最初の練習を開始。その年の暮れ、GWとの復活懇親ゲームが行われ、現役/OB混合チームであったが、結果はJSKSの0対64の大敗だった。現役チームが単独で復活したのは23年春である。その年卒業したあるOBは、「JSの歴史はつなげた。」と思ったとある。こうして戦後の再建も軌道に乗り、興隆期へとバトンは受け継がれた。

1960年代

1964年11月

1960年代、両者の戦績は5勝5敗の五分。7年ぶりにJSKSが勝利した1964年KCRFでの記念写真。中央には1948年に制定されたGW/JSKS争奪の「幻の盾」も見える。翌1965年はGWが勝利。「盾」は一年でGWへ。1966年にはJSKSが勝利し「盾」は再びJSKSへ。胴上げされるのは原田一郎監督(当時)。当時、その後長きに渡ってKCRFのゲームが開催された立教志木グラウンドの使用が始まる。当時のプレイヤーの対抗意識は現在も息づいており、1960年代卒のJSKSのOBによる、GW戦が行なわれた日付から命名された「1129会」というコミュニティーがあり、当時の想いを胸に杯を傾けている。

1966年11月GW戦に勝利し胴上げされる原田監督

1965年11月リーグ最終戦

1964年11月

1960年代、両者の戦績は5勝5敗の五分。7年ぶりにJSKSが勝利した1964年KCRFでの記念写真。中央には1948年に制定されたGW/JSKS争奪の「幻の盾」も見える。翌1965年はGWが勝利。「盾」は一年でGWへ。1966年にはJSKSが勝利し「盾」は再びJSKSへ。胴上げされるのは原田一郎監督(当時)。当時、その後長きに渡ってKCRFのゲームが開催された立教志木グラウンドの使用が始まる。当時のプレイヤーの対抗意識は現在も息づいており、1960年代卒のJSKSのOBによる、GW戦が行なわれた日付から命名された「1129会」というコミュニティーがあり、当時の想いを胸に杯を傾けている。

1966年11月GW戦に勝利し胴上げされる原田監督

1965年11月リーグ最終戦

1970年代

1979年4月、創部50周年を迎えたJSKSが、オールGWを招いて開催した記念試合(会場は、横河電機三鷹グラウンド)。記念試合後は、京王プラザホテルに場所を移して記念式典が開催された。その後、区切りごとに行なわれる両チームの周年記念には、常にお互いを招いての記念試合が開催される。このことからも相手チームに対する対抗意識と愛着を知ることが出来る。

1979年4月 50周年記念試合(雑誌掲載)

1979年4月 50周年記念試合(雑誌掲載)

1980~90年代

両チームが創立50周年を超えた80年代は、10年間でGWが優勝8回、JSKSが優勝3回(両チーム優勝を含む)とKCRFにてGW/JSKSが凌ぎを削った。特に89年は両チーム全勝で迎えた最終戦で、GWが3対0でJSKSに勝利し、全勝優勝を飾ったという双方のチームにとって忘れられない年である。

1986年11月GW戦(87年1月雑誌掲載)

1988年

1992年

1986年11月GW戦(87年1月雑誌掲載)

1988年

1992年

2000年代

2009年11月、JSKSは創立80周年の式典に際して、関東学生クラブ選手権(1部)最終戦として、長年のライバルチームであるJSKS対GWの公式戦を実施。「GW/JSKS戦は特別」と、慶應義塾日吉競技場の観客席に押し寄せた両チームOBが固唾を飲んで見守る中、接戦の末JSKSが21対20という僅差で勝利を収めた。

2009年11月80周年記念試合

2009年11月80周年記念試合

翌2010年5月、今度はGWの創立80周年事業として、秩父宮ラグビー場にてKCRF公式戦を兼ねたGW対JSKS現役戦及びOB戦を実施。現役戦では43対7でGWが勝利を収め、前年の雪辱を果たした。


2016年12月4日、晴天の下、早稲田大学GWラグビークラブと慶應J.S.K.S.クラブの復活定期戦が、慶應義塾大学日吉陸上競技場にて行なわれた。シーズン最終戦、そして4年生にとっては学生最後の試合。スタンドに駆けつけた200名を近いOB/OGが声援を送る中、両チームの選手は闘志溢れるプレーを繰り広げ、試合は互角の展開を見せたが、後半に連続トライで突き放したGWが40対21で勝利し、歴史ある勝利盾はGW永山主将の手に渡った。
試合後の懇親会には、総勢234名が参加。現役学生から超OBまでクラブ間の親交を深め、再び歴史を動かす一歩となった。

2016年12月4日(日) 復活記念定期戦

2016年12月4日(日) 復活記念定期戦

2016年12月4日、晴天の下、早稲田大学GWラグビークラブと慶應J.S.K.S.クラブの復活定期戦が、慶應義塾大学日吉陸上競技場にて行なわれた。シーズン最終戦、そして4年生にとっては学生最後の試合。スタンドに駆けつけた200名を近いOB/OGが声援を送る中、両チームの選手は闘志溢れるプレーを繰り広げ、試合は互角の展開を見せたが、後半に連続トライで突き放したGWが40対21で勝利し、歴史ある勝利盾はGW永山主将の手に渡った。
試合後の懇親会には、総勢234名が参加。現役学生から超OBまでクラブ間の親交を深め、再び歴史を動かす一歩となった。