1983年全勝対決の時の主将メッセージ(JSKS冨野主将)


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 決戦の日の朝というのはいつも少々気だるい気持ちで目が覚める。

 充分に睡眠を取っている筈なのだが、試合に向かう車中も生欠伸が出てしょうがない。1年間力の限りの準備をし、やり残した事は無い筈であるが、何故か身体に力が入らず、ふわふわとクッションの上でも歩いているかのような不安な感触が続く。緊張と不安と期待が重なった状態だったのであろうか。ところがグランドに着き、伝統のジャージに袖を通し、チーム全員の顔を見るや否や、心臓に閉じこもっていた血が一気に全ての血管に行き渡るような感覚で力がみなぎって来たものである。その感覚を今でも鮮明に覚えている。

 私が1年時の1980年のJSKSは6戦全敗という状態だった。翌年から2年連続で5勝1敗の同率優勝となったため、主将を務めた4年時は今度こそ単独優勝をと意気込んだが、それ以上に過去1度も勝利した事のない宿敵GWには何としても勝ちたいという気持ちが強かったと思う。GWの主将は稀に見るカリスマとの呼び声が高い佐藤慎であり、同じ都立高校出身の同期であったことも、負けたくない気持ちに強く作用したものと思う。

 GWが5戦全勝、JSKSが4勝1分で迎えた最終戦は、客観的に見てもお互いの意地のぶつかり合いを表した熱戦と呼べるものだったと思う。こちらが先制のPGを決めた後、さらに追加点を狙ったが、GWのディフェンスが堅くいつものように攻めきれない。やや膠着したところ、自陣に少しはいった地点でのスクラムから、GWの右オープンへの展開を警戒したこちらのディフェンスの裏をかくように、右CTB佐藤主将がシザーズで内に切れ込み、裏に出たところでFWに繋がれてトライを奪われた。これが両チーム唯一のトライとなり、結果3-9でまたしても苦杯をなめることとなった。私は4年間で合計4回泣いた事になる。GWに負けると大の男が人目を憚らず泣くのだ。4年時は強く期するものもあったため、その瞬間はこの世の終わりのように感じたものである。1年間共に骨身を削って精進を重ねたにも関わらずこの試合に出場叶わなかった多くの仲間に対し、申し訳ない気持ちで頭が痺れたような感触だった。

 ところが試合が終わり小一時間。不思議なものでひとしきり打ちひしがれた後、近くの風呂屋で両チーム共に風呂を浴びていると、気分がすっきりして、えもいわれぬ幸福感が溢れてくる。負けた悔しさも、身体の疲れも痛みも、全て幸福の要素として相手と分かち合える。ほんの先ほどまで押し潰してやろうと思っていた相手と心からの笑顔で語り合える。何度思い返してもこれこそがラグビーの真髄ではないかと思える。還暦に手が届こうかという年になっても、今なお現役としてプレーをし続けているのは、あの日あの時の経験が起因していると思っている。

 我々をライバルとして扱ってくれたGWには心から感謝をしたい。ラグビーという競技において、尊敬と友情は同じ意味を持つものと考えている。

 この関係が今なお存在し続けていることを得がたい喜びと捉えていると同時に、今後も永遠に続くことを強く祈っている。

慶應JSKS  1984年卒業 冨野春城