1983年全勝対決の時の主将メッセージ(GW佐藤主将)


tn_佐藤慎

私が主将を務めた1983年11月のGW/JSKS戦は、6大学クラブリーグ戦の最終戦として、GW5勝、JSKSは4勝1引き分けの戦績、勝った方がリーグ戦優勝の状況で迎えた。

JSKSの冨野主将は、一年時よりレギュラーで活躍し名実ともに慶応JSKSのエース。その年のGW、JSKSは、ともにリーグ戦優勝を狙える戦力を有しており、お互いを尊重しあうライバル同士であった。

試合前ウォーミングアップ練習の集合号令を掛け、チーム全員を前に「悔いのない準備をしてきた。悔いのないアップを全員でやり、悔いのない戦いをして全勝するぞ!」と感極まったことを覚えている。

JSKSは、相手のミスを見逃さず、そこを好機として得点を狙いに来る試合巧者。GWは、全勝優勝のために、自信があるディフェンスで相手の得点を最小に抑え、無理をせずにゲインを重ね、確実に点を挙げ、守り切るという作戦を立てた。

最初で唯一のトライは、GWバックスの外への展開にJSKSが気を取られているところへ、内側に切り込むセンタークロスのサイン攻撃で裏に出てFWへ繋いでトライした。

その後は、両者ともに堅いディフェンスで点差が開かず。その年のGWチーム発足時には、4年生が戦力的に引っ張るチームであったが、モールでの奮戦、終了間際のJSKS独走トライ阻止など、3年、2年生の活躍があり、文字通りチーム一丸となった全勝優勝、スコアは僅差の9-3であった。

その日の夜、関東6大学全クラブ参加による慰労会を早稲田大学大隈会館で計画開催したが、GW全勝優勝祝賀会の様相を呈してしまったことは今更ながら申し訳ない思いがある。

そのようなラグビーとお酒漬けの学生生活が終わり、建設会社での社会人生活が始まり、海外勤務を希望して、2年目よりサウジアラビアの工事現場勤務。砂漠の中、寒暖計が50度Cを振り切るような酷暑環境で、ラグビーの夏の走り込みの成果か、体調を崩すこともなく、3年間の勤務を無事終え、帰国した。苦しかったのは、イスラム諸国の中でも特に厳しい規律を外国人にも強いているサウジアラビアで、お酒や日本のような夜の楽しみが全く無かったこと。休暇時にはお酒の飲める国へ出て、お酒を浴びるように飲んでいた。

その後、国内勤務を経て、2000年よりシンガポールにて再び海外勤務、現在に至っている。このような社会人生活で、卒業後はラグビーとの縁はほとんどなく、テレビでの観戦程度。OBとしての現役サポートも皆無となったことが残念です。

GWとJSKSが今後も発展、その関係が永遠に続くことをシンガポールより祈念しています。

 

早稲田大学GWラグビークラブ 1984年卒業 佐藤 慎